その場でなんとかするしかない、ほとんどのことは。 そして、なんとかなるのだった。たいていのことは。

 

 そういえば最後に夫を見てからもう10日間も経ってしまった。今月はあまりに忙しすぎて、全然会えていない。最後はたしか、深夜に彼が千葉に来て、翌朝早朝に奈良へ経ったときだ。ぼさぼさ髪のむくんだ顔で見送った記憶がほのかに、ある。わたしは外界では(それなりに)きれいな格好をしているのにそういえば、彼はそんなわたし、しばらく見ていない。わたしに近頃起こったあんなこともこんなことも、たぶん、知らない。そしてわたしは彼の顔の輪郭をちょっと忘れつつ、ある。
 子供ができたこと、そしてこの二拠点生活を始めたことで、圧倒的に身に付いた能力がある。それは、「なんとかする力」。場当たり力と呼んでもいいかもしれない。息子の誕生と同時にわたしは自動的に「なんとかしなくてはいけない合宿」に参加していたようだった。そしてそれは、途中退出できない、最強の合宿。かつて仕事の段取りはディテールまで詰めてトラブルも事前に考え抜いて対応していた。その通りにいかないと落ち込んだりも、していた。けれど、こどものことは、笑えるほどに予期せぬ出来事ばかり。その場でなんとかするしかない、ほとんどのことは。そして、なんとかなるのだった。たいていのことは。へそのちょっと下に力をいれて、明るい方へ向かえ。
 夫に会いたい。みんなみたいに公園で遊びたい。でも、それが叶わないなら、もう、なんでもいい。なんとか、しよう。わたしたちは共有するgoogleカレンダーを精査し、彼が品川から新幹線に乗る前の45分間が空いているのを見つける。ここだ。ここしかない。小ぎれいな服に着替えてカメラを持って、息子にもお気に入りの帽子をかぶせる。突然だけど、今から品川行くよ。駅に着くと、遠くに見覚えのある背の高い後ろ姿が見える。知らないひとみたいにも、見える。もともとは知らないひとで、大事なひとなんだよな、と改めて思う。一枚、人混みの中の彼の写真を、撮る。そしてわたしと息子は競って彼に向かい、猛タックルをかます。わーい、ひさしぶり。会いたかったよ。あー話したいことがありすぎる。えっと、新幹線、何分だっけ。

中川 正子

なかがわ・まさこ/1973年生、千葉県船橋市出身。写真家。
津田塾大学在学中にアメリカ・カリフォルニア州に留学、写真と出会う。帰国後、山路和徳氏に師事。10年4月に男児を出産。11年3月、岡山に拠点を移す。広告や雑誌のフィールドの第一線で活躍する写真家でありながら既存の価値観に縛られることなく、新しい暮らしを実践しようとしている。この春、最新の写真集『ダレオド』を刊行。高松を皮切りに全国及び台湾で展覧会を行う。